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9日金曜日、東京二期会の『蝶々夫人』を見てきた。
開演前には、同じ上野公園内にある東京国立博物館に行った。
この時期必見の中国美術の名品展「中国書画精華」がやっているから。
東洋館は改修中なので、今年は本館の特別1・2室での展示。照明が明るくて、近い感じがして、細かな部分まで見れた気がした。
国宝と重文だらけだか、中でも梁楷筆「雪景山水図」2点と「出山釈迦図」、わが国の国宝中の国宝、梁楷の名品3点が並んで展示されているのには圧倒された。
東博の金曜日の夜間営業が浸透してきたのか、夕方からの客が多くなったなと感じながら、国宝室の「観楓図屏風」も観覧し、じゅうぶんに日本の伝統美を堪能して、和の気持(?)を大切にしながら「蝶々夫人」の会場、東京文化会館へ自転車を走らせた。
受付の二期会事務局に挨拶したあと、パンフレットを手に入れる(写真1枚目)。
今回も栗山昌良先生の演出だ。
世界で最も「蝶々夫人」を美しく見せてくれる栗山演出。
演出助手も小須田紀子先生。小須田先生はもう19年前、新宿のビブランシアターで「好田タクトの世界」というライブを催したとき、わざわざ見に来てくださった。もうぜんぜんお会いしていないけれど、ご健在なようでうれしい。
かつらは丸善。ぼくはここで、自分の指揮者芸に使うかつらがほしくて、8ヶ月ほど働いたことがある。
結局、会社はぼくを職人にさせたく、ぼくは芸人を続けたくて丸善を続けることができなかったけれど。
ぼくが初めてオペラの助演をしたのが、栗山演出の「蝶々夫人」。1990年7月21日、23日。タイトルロールは佐藤しのぶさん。
2枚目の写真がそのときのパンフレットで、クリックして拡大するとぼくが助演に本名で名を連ねている。となりには橋口勉くん、アルト(今は右尾祐佑)の名もある。
ぼくが何よりも一番多く見てきたオペラ「蝶々夫人」。
思いはひときわ大きく、日本でもヨーロッパでも「かわいそうな蝶々さん」を見るためにことさら足を運んだ。
最初から、蝶々さんは悲劇の坂道を転がり落ちるようにできている。
きのうの字幕、三幕始めにスズキが二回つぶやくように歌う「Po-ve-ra But-ter-fly…」を、一回目は「かわいそうな蝶々さん」、二回目は「哀れな蝶々さん」と訳していた。
ぼくが愛読している音楽の友社が昭和37年に出版した世界歌劇全集37「MADAMA BUTTERFLY」。当時で1,000円だから、かなり高い。その241ページに「Po-ve-ra But-ter-fly!…」(3枚目の写真)とスズキが歌う。
「かわいそうな蝶々さん」
私がいつ見ても、絶対泣いてしまうオペラがある。それがプッチーニ作曲〈蝶々夫人〉、海外では〈マダム・バタフライ〉と呼ばれている日本が舞台のオペラ。
もともとはこの〈蝶々夫人〉、原作者のジョン・ルーサー・ロングが一八九〇年代初頭に、長崎外国人居留地に住んでいた姉のサラ・ジェニー・コレルから聞いた長崎の話をもとに書き上げた短編小説。それをプッチーニはさらに悲劇のオペラに仕上げてしまった。
一九〇四年の長崎、没落藩士令嬢の蝶々さんはアメリカ海軍将校ピンカートンと結婚する。男は遊びだが、女は本気。
しかもこの時蝶々さんは十五歳! 父は切腹しているので、年端もいかない少女が信じられるのは夫ピンカートンだけ。そのために蝶々さんは結婚式の前日にキリスト教に改宗したのだ。
「夫の神は、私の神」
婚礼の日に伯父の坊さんや一族から勘当され、罵声も浴びせられて一人ぼっちになった蝶々さん。唯一信じているピンカートンに彼女はその夜抱かれる。わきにある父の形見の短刀が彼女の行く末を暗示している。
この一幕の終盤、二人きりになったときにかかる宇宙のような美しい音楽。
きらめく星空。
愛だけが蝶々さんの信じられる世界。
三年経った。蝶々さんは今日も望遠鏡で長崎の海に行き交う船を見つめている。
あの船こそが、夫の乗っている船かもしれない・・・。
夫ピンカートンは軍艦で出て行ったまま、それっきり帰ってこない。夫とのあいだにできた二歳になる金髪のわが子を見つめてこう歌う。
「この子の名は今は嘆き(Dolore)だけど、夫が帰ってくれば喜び(Gioia)に変わる」
ニ幕から三幕のあいだにかかる「ハミングコーラス」。この三分間の天上のような美しさに、蝶々さんの三年間の愛と時が凝縮されている。
三幕でピンカートンが帰ってきた。ほんとうの奥さんを連れて。夫の裏切りにはじめて気づく蝶々さん。じつはまわりの人たちは気づいていたのだ。ピンカートンが遊びだったことを。悲しむ蝶々さんを見て、ピンカートンは後悔する。
蝶々さんはまわりを去らせ、短刀で自害しようとする。そこに子供が飛び込んできた。
「小さい神様、天国から降りてきたかわいい坊や。どうか、わたしの顔を忘れないでおくれ」
そう歌うと、わが子を去らせ、自害する。武士道の音楽が朗々と鳴り響く。
愛する夫に裏切られ、信じる神にも見捨てられ、日本人の持つ美意識が蝶々さんを救いようもない悲劇へと導く。
十代で散った蝶々さん。
プッチーニは、この救いようもない悲劇のストーリーに、驚くような美しい音楽を全編に散りばめている。
そのことが結果的に、このオペラをさらに救いようのない「残酷」なオペラにしてしまっているように、私には思えてならないのだ。
coro a bocca chiusa da"Madama Butterfly" by Giacomo Puccini(ハミングコーラス)
http://www.youtube.com/watch?v=CpJO1PVGA7c
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