teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助 youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


(無題)

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2019年 6月 4日(火)22時11分17秒
返信・引用
  パソコン壊れたのでしばらくは更新できないです。  
 

あけおめ

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2019年 1月 1日(火)21時59分34秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
 

今年書いてないから

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2018年 4月24日(火)23時38分37秒
返信・引用
  新年の挨拶はさすがに違うけど、2018年もよろしくです。  

謹賀新年

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2017年 1月 4日(水)22時07分0秒
返信・引用
  遠くの地からですがあけましておめでとうございます。
ネットを使える環境というのがこんなにありがたいものだとは!
 

2016年

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2016年 1月 1日(金)00時49分16秒
返信・引用
  あけましておめでとうございます。  

2015年

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2015年 3月10日(火)07時11分52秒
返信・引用
  ちょっと書き込みが古くなったので更新を兼ねて、どもども。  

ただいまメンテ中

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2014年 1月19日(日)00時08分39秒
返信・引用
  日曜夜までメンテです。  

あけましておめでとうございます

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2014年 1月 6日(月)08時08分35秒
返信・引用
  掲示板の方でも挨拶を。
今年もよろしくー。
 

DQ

 投稿者:ミタ毛  投稿日:2013年12月 9日(月)23時47分46秒
返信・引用
  長谷川さん、お久しぶりです(^^) 覚えているかなぁ~?
スマホ版ドラクエが無料配布されていたので、懐かしくてダウンロードしました。
「ゲーム」「なつかしいもの」で、急に長谷川さんを思い出してしまって、ちょっと立ち寄らせていただきました。お元気そうで何よりです♪
 
    (長谷川一成) (2013-12-15T07:46:50+09:00)
おひさしぶりです。携帯版のDQは操作性がイマイチみたいな記事をネットで見たんですけど、どうなんですかね。確かに十字ボタンと同じ操作性をタッチパネルで実現するのは無理だと思いますが、タッチパネルにはタッチパネルにしかできない操作感のアドバンテージがあると思うのですが。
時間は経ちましたが、住んでるところはあれからほとんど変わってないです。
 

(無題)

 投稿者:クレー  投稿日:2013年11月 1日(金)21時48分6秒
返信・引用
  長谷川さんの本は売られていますか。
惹きつける文章を書かれますね。自己紹介から家族についての記事を読んでいました。
向き合うに耐え難い体験がわかり易く言語化されていて、私小説ってこんな感じなのでしょうか
引き込まれました。
最後異常者だよなで終わっていますが、それは断じてないです。
ここまで客観的に自分を語れる人は異常者ではない。むしろその逆だと思う。


不謹慎だったら申し訳ないですが、続きがもっと知りたいです。
 
    (長谷川一成) (2013-11-02T11:36:35+09:00)
続きというのはやっぱり自分が別の人間関係をきっちり構築したときだと思うのですが、実際には「まあ現状でいいか」で停滞しているので、そういう続きはいまのところ発生してないです。
本はないです。しかし、本になるかどうかは置いておいて、書き続けた方がよいとは自分でもなんとなく思っています。
 

表示されにくい

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2013年 5月17日(金)20時47分47秒
返信・引用
  ホームページが表示されにくいようです。  

26日20時までメンテナンス

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2013年 1月26日(土)09時34分45秒
返信・引用
  www19サーバ緊急メンテナンスだそうです。

http://www10.atwiki.jp/atpagesguide/pages/90.html

 

あけましておめでとうございます

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2013年 1月 9日(水)21時29分36秒
返信・引用
  今年もよろしくお願いします。どうもここ数年勝負の年が続いているような気がします。  

障害発生中

 投稿者:長谷川一成  投稿日:2012年 9月 6日(木)11時14分20秒
返信・引用
  ネットワークが不安定でアップロードがうまくできませんでした。
しばらくお待ちください。
 

あけましておめでとうございます

 投稿者:長谷川 一成メール  投稿日:2012年 1月16日(月)08時52分37秒
返信・引用 編集済
  2012年になったので挨拶しておく。
謹賀新年。
 

心のよりどころ

 投稿者:小松菜を食べよう  投稿日:2011年12月15日(木)21時22分54秒
返信・引用
  ありがとうございました。
まだ話したいことがあるような気がするけれど、今回はこの辺で。。。

私は、「最後まで伝える」というタイトルに関心を持ってここへ来ました。

そしてちょっと期待しているのです。

長谷川さんの考え方を時々読んで、勝手に「へええ!」と感心しているのです。

またいつかお話できたらいいなあと思います。

私は本を読まないので、本が好きな人がうらやましいです。
 
    (長谷川一成) (2011-12-15T21:32:54+09:00)
こちらこそ読み返すと支離滅裂で申し訳ないです。
それはそうと本は読んでみるといいですよ。読んで人に褒められようととか色気を出してはいけません(経験談)。個人の世界なのだから人の目を気にせず自分に合ったものを探して是非。
 

 投稿者:小松菜を食べよう  投稿日:2011年12月 6日(火)23時49分51秒
返信・引用
  「信頼できるひとが周りにいれば、愛じゃなくても満たされるということです」というのは本当にそうでしょうか。私にはまだよくわかりません。

社会欲の中の一つのが愛とかいうものということでしょうか。

私も、「仲間」が欲しいと思うことがあります。それは職場でもいいし趣味の集まりでも良いのですが、確かにそれはそれで自分の居場所と感じるととても安心します。

「愛」っていうのが何かって話もありますが、私がここで思う愛は、恋人や夫婦や家族みたいなものをです。

信頼できる「仲間」がいるとしても、家族の「愛」を上回るようには今は思えないのです。

それとも「信頼できるひと」に対する信頼感が、私が思うそれとは違っているのかな。

愛の変わりに、その隙間を埋めるものはたくさんあるということは理解します。

ただ、愛じゃないとだめだと言う部分がどうしても残る気がしています。
 
    (長谷川一成) (2011-12-08T22:08:58+09:00)
 「愛」というものが――ここでは「愛情」とか「やさしさ」「思いやり」みたいな意味で使ってますが――一時的で刹那的な状態であるというのなら同意できますが、恋人みたいな一定期間にまたがった人間関係であると、同意するのが難しいですね。恋人や家族が害をなすことだってたくさんありますから。「理想的な家族」って意味なら同意できなくもないですが、理想的って言葉はどちらかというと否定的ニュアンスを含みますし。

 素晴らしい時間はいつまでも続いて欲しいですが、さりとていつまでも続くことはないというのは科学的にも歴史的にも、はては宗教的にも明らかなわけで、それは、私にとって、イマイチな本を読んでいる平常状態と、近年稀に見る傑作との出会いとほとんど同じです。「この作者に一生ついてくわ!」ってテンションまで。

 「愛じゃないと駄目だという部分がある」というのは、おそらくはその通りだと思います。しかし、どのような愛であれ駄目だという部分が人間にはあるとも思うんです。つまりは、満足する瞬間というのはあったとしても、そのうち物足りなくなるのが人間だと私は思うわけです。なんとも業の深いことです。

 そういう気分が深刻になると人間が嫌いになったり厭世的になったりもしますが、まあ、一方でそういう気分もいつまでも続きません。
 

分かちあうこと喜びはあなた自身で確かめて

 投稿者:長谷川一成メール  投稿日:2011年11月15日(火)01時45分42秒
返信・引用 編集済
  最近ロクにテキスト発表できてなくてすいません。まあボチボチと。

「本」についてですが、これは悲劇を気取るつもりはなく一般論としてですが、社会的地位とか愛情とか、普通の人が手に入れるようなものについて希望が持てない境遇を経験した人間が、その代替物としてそういったものを愛するのはよくあることではないかと思います。
オタクは大抵キモいですが、キモいからオタクになったのか、オタクだからキモイのか、どっちが先なのかは微妙なところがあります。
オタクが孤独への救いをそこに見出したとして、最終的にそこから受けたものを自分の血肉にして人格を整えていければそれは素晴らしいことだと思いますが――芸術の効能の一つだと思います――その先にオタク卒業があるというのはちょっとした寂しさがあります。
過度な没頭はどんな種類であれ長続きするものではない――ある種の精神疾患においては例外ですが――というのが私の直感ではあるので、そうはいってもいずれ卒業するものだと思っていますが。

ちょっとありがちな表現をするなら、心のスキマを何で埋めるかということで、本当に欲しいものは何で、それが手に入らないときに何をもってその代わりとするかということです。

人間という動物については、集合欲というか群れたいという欲望が本能としてあり、それは性欲より強いそうです。
「愛」というものもその形の一つで、実は信頼できるひとが周りにいれば、愛じゃなくても満たされるということです。
本当に欲しいものはそういう社会欲で、褒められたいとか必要とされたいとか愛されたいとか地位や権力への欲求もそこに帰結するとかなんとか。

なんかどんどん痛い内容になりますが、私にとってはたまたま「本」だった、という言い方もできるのかもしれません。
自分にとってはもっと特別なんだけど、一般的には、他のアレコレと置き換えが利くもので、自分に合ったのが本だったのでしょう。
本というのは誰が読むか分からない、つながりたい欲求の変種であり、その変種が、同じく自分のつながりたい欲求の変種に接続するのです。
 

心の支え

 投稿者:小松菜を食べよう  投稿日:2011年11月13日(日)22時58分58秒
返信・引用
  すごく時間が経ってしまったんですけど、お返事は、だいぶ前に読みました。
長谷川さんの答えにとても驚きました。
世の中に全く違う価値観を持って生きている人がたくさんいる、とは、ぼんやり想像していましたが、こんなにも人は違うんだという衝撃があります。驚きすぎでしょうか。
そこまで「本」が重要だなんて!

でも、例えばダンス命みたいな人もいて、そういう感じなのかなあ。
 
    (長谷川一成) (2011-11-15T01:42:07+09:00)
文字数オーバーしたので上に。
 

心の

 投稿者:小松菜を食べよう  投稿日:2011年 3月 5日(土)00時35分16秒
返信・引用
  長谷川さんの心の支えとか、よりどころってなんですか。
人間の幸せって、社会的な成功より、愛なんじゃないかって最近思うんだよね。
でもそうでもない人もいるのかな。
 
    (長谷川一成) (2011-03-18T00:19:05+09:00)
 そのときどきによって違いますが、心のよりどころとして強く意識しているのは「本」です。
 私は娯楽小説を偏愛しているのですが、たくさん読んでいると「もう世の中に面白い小説などというものはない」という気分になることがあります。パターンが読めてくるんですね。そして、この先の人生では何を読んでも心の底からは楽しめない退屈な人生が待っているのだと思って虚しくなります。
 しかし本の世界は広く、「もうこれより面白い本はない!」などと思った矢先に強烈な、「こんな小説読んだことない!」に巡り合うことになります。私はそのたびに、世の中も捨てたもんじゃないと思い、再び生きる希望を見出すことになるのです。
 社会的な成功や愛を幸せとみなす人もいるでしょうが、そんなわけで私が幸せだと思うときというのは、読んだこともないような面白い小説に出会ったときです。生きててよかったとさえ思います。
 

レンタル掲示板
/21