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分かちあうこと喜びはあなた自身で確かめて

 投稿者:長谷川一成メール  投稿日:2011年11月15日(火)01時45分42秒
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  最近ロクにテキスト発表できてなくてすいません。まあボチボチと。

「本」についてですが、これは悲劇を気取るつもりはなく一般論としてですが、社会的地位とか愛情とか、普通の人が手に入れるようなものについて希望が持てない境遇を経験した人間が、その代替物としてそういったものを愛するのはよくあることではないかと思います。
オタクは大抵キモいですが、キモいからオタクになったのか、オタクだからキモイのか、どっちが先なのかは微妙なところがあります。
オタクが孤独への救いをそこに見出したとして、最終的にそこから受けたものを自分の血肉にして人格を整えていければそれは素晴らしいことだと思いますが――芸術の効能の一つだと思います――その先にオタク卒業があるというのはちょっとした寂しさがあります。
過度な没頭はどんな種類であれ長続きするものではない――ある種の精神疾患においては例外ですが――というのが私の直感ではあるので、そうはいってもいずれ卒業するものだと思っていますが。

ちょっとありがちな表現をするなら、心のスキマを何で埋めるかということで、本当に欲しいものは何で、それが手に入らないときに何をもってその代わりとするかということです。

人間という動物については、集合欲というか群れたいという欲望が本能としてあり、それは性欲より強いそうです。
「愛」というものもその形の一つで、実は信頼できるひとが周りにいれば、愛じゃなくても満たされるということです。
本当に欲しいものはそういう社会欲で、褒められたいとか必要とされたいとか愛されたいとか地位や権力への欲求もそこに帰結するとかなんとか。

なんかどんどん痛い内容になりますが、私にとってはたまたま「本」だった、という言い方もできるのかもしれません。
自分にとってはもっと特別なんだけど、一般的には、他のアレコレと置き換えが利くもので、自分に合ったのが本だったのでしょう。
本というのは誰が読むか分からない、つながりたい欲求の変種であり、その変種が、同じく自分のつながりたい欲求の変種に接続するのです。
 
 
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